今や資本主義において、子どもは負債である
資本主義を貶める意図はないが、社会主義との二軸で考えた時の指標の片方として。
今や多くの国に学校がある。
そして通学していることは能力の高さを示し、高度な段階に進めば進むほどより高度な能力を習得しているとみなされる。
このことは、子どもには教育費がかかるという事を示す。
金を稼いでくれるのは、しっかりと教育された優秀な子どもだけで、存在してくれるだけでいいというのは経済的なバックグラウンドの上に成り立つ言説だ。
つまり、子どもを産むことは生存の危機を感じないほどの金持ち以外にとってギャンブルと化したのだ。ギャンブルを忌避するこの国で子どもは産めない。
子供を産まない国でペットは飼育されるのは、ペットのリスクは管理できるし、安楽死も去勢も何もかもできる安心感が底にはある。
子供を人身売買できた時代には多産だったが、生産者責任とやらが現代人には降りかかる。社会全体で下支えしようぜ。他人事じゃないだろ、という声は誰に届くのだろう。
以上